吸湿した3Dプリンター用フィラメントの出力品質低下例と加熱乾燥による改善例
2020/05/23
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2020/05/23
世間から何周も遅れて3Dプリンターを買って、1年と3カ月ほどが経過しました。
実際に触ってみると3Dプリンターというものはマウスクリックタッチポンで完璧な成果を得られるということはなく、樹脂の性質と真っ向から向き合い、樹脂との対話の中で品質を改善していくような難しさがあります。
(筆者は真面目に向き合わず、漫然と使ってしまう方ですが)
3Dプリンターを買ってしばらく知らなかったのが、3Dプリンターで使う樹脂材料であるフィラメントを乾燥させることの大事さ。
「フィラメントを放置しておくとよくないよ」という話を聞いて以来、定番の漬物ケースにスーパーカラリットという精製塩化カルシウムベースの乾燥剤を入れて保管するようにしていました。
3Dプリンター界隈に身を置いていると、湿気から遠ざけて保管するのみならず、もう一歩踏み込んでフィラメントを加熱乾燥する話を耳にするようになってきました。
その辺りの話をよくして啓蒙に努めているのが特殊なフィラメントを半営利(?)で製造販売しているNature3Dさん。
最近フィラメントの乾燥が流行ってきた気がする。どんどん広がってほしい。
— Nature3D (@nature3d_) May 19, 2020
氏によれば、樹脂は吸湿しないよう厳格に管理されるのが当たり前でありながら、実際にはフィラメントメーカーは製造における冷却工程で水を使うため、フィラメントとして製品になったものは多かれ少なかれ吸湿した状態であるということだそうです。
それは致し方ないとしても、メーカーはフィラメントの乾燥についてもっと言及すべきではないか? というのが氏の主張です。
それを聞いて、筆者もフィラメント加熱乾燥の環境を整えました。
もくじ
フィラメントが吸湿しても、特に造形前は顕著な変化がないのがこの問題の難しいところです。
吸湿していてもまあまあ造形できてしまうこともあって、フィラメントの乾燥についてシビアにやっている3Dプリンターユーザーはそれほど多くはないと思われます。
しかし、ベッドへの定着に問題が出たり、造形品質が劣化したりと忍び寄るように影響を与えるのがフィラメントの吸湿問題。
フィラメントの乾燥を考えたときに、二つのレベルの対策を検討することになるかと思います。
フィラメントを新品購入し、使ったらすぐ乾燥剤入りの密閉容器に入れておく分、そして製造時の吸湿を無視する分には「2」をしなくてもいいのかもしれませんが、現実的には3Dプリンターにセットしたまま長い時間置いてしまったりするものです。
そして一度吸湿してしまったフィラメントは、「1」の状態で保管していても元の状態に戻ることはない、というのが定説になっています。
2020年5月6日〜14日頃にかけて、軟性樹脂であるTPUを使って、椅子の足のカバーを出力していました。
具体的にはビンテージのイームズのグライズという、脚部の先端にある金属製の接地部に取り付けるカバーです。
この時期の東京は毎日の気温差が激しく、最低気温は11度(夜)、最高気温は28.7度(昼)を記録し、夏日と言われた日も含まれていました。
気温の上昇に伴い、湿度も上がっていたものと思われます。
使ったフィラメントはANYCUBICのクリア(透明色)のTPUで、冒頭で書いた乾燥剤を入れたケースに入れて保管していました。
湿度の低い冬に開封し、冬の間使っていたものです。
インフィルを100%に設定したこともあって、最初に出力したものはほぼほぼクリア樹脂を使ったなりに透ける仕上がりでした。
椅子は3脚あり、それらはすべて出自が異なるビンテージのイームズ。
脚部は60年前のオリジナルもあれば、最近製造されたリプロダクト品もありでグライズの寸法が全部異なる状態でした。
それに合わせて個別にモデリングし出力していたので、3脚分作り終えるまでに1週間かかったわけです(主にやる気の問題)。
ところが、最初は調子よく出ていたものが、段々と出力品が白濁し、表面がザラ付くようになってしまいました。
温度を下げたり、速度を落としたりとスライサーの設定を変えてリトライしていましたが、最初に出力して調子がよかった条件より品質向上方向に設定を振っても、出力品質が下がっているのが気になっていました。
気になってはいたものの、使うには支障がないものは出来たので、「まあ使えればいいか(苦笑)」と全部作り切って終わりにしました。
しかし、最近B型シリカゲルという再生可能な乾燥剤の存在を知り、購入したことを契機にフィラメント乾燥への意識が高まり、問題を感じていたTPUを加熱乾燥させ、品質の変化を見てみることにしました。
筆者がこれまで使っていた乾燥剤はスーパーカラリットという精製塩化カルシウムベースのもの。
これは「重たくなり、もちっとした感触になった場合」に交換することになっているのですが、それが客観的に分かりづらい。
そしてこのタイプは吸湿してしまったら捨てるしかなくなります。
B型シリカゲルは二酸化ケイ素ベースの乾燥剤で、吸湿しても加熱すると再利用が可能です。
特筆すべきは、乾燥状態と吸湿状態(再生処理を要する状態)が目で見て分かることです。
乾燥状態では中に含まれる青い粒が、吸湿するとピンクになるのですからとても分かりやすい。
さながらリトマス試験紙のようです。
ちなみに、吸湿して粒がピンクになったものを加熱脱湿すると青に戻るため、再生時も見て判断できるのが素晴らしい。
Amazonでは大袋に1kg入ったものが安価で販売されているので、それを購入しました。
小分けにしなければ使えませんが、100円ショップで出汁パックを買ってきてそれに詰め、ホッチキスで封をして使うことにしました。
再利用のための加熱時にはいったん袋から出さなければならないので、最初からこういう形での利用がよいかなと思ってのことです。
フィラメントの加熱乾燥にはいろいろなものが使えます。使った実績が先達からレポートされています。
一方、筆者が購入したのはeSUNという3Dプリンター向けのサプライなどを作っているメーカーのフィラメント乾燥機e-Box(eBox)です。
e-Box(eBox)はほぼフィラメントスプールのサイズで小さく、また入れたまま3Dプリンターにフィラメントを送り出せる作りなので、あまりスペースに余裕のない筆者宅の環境に適合していると判断しての選択です。
底部にはヒーターと内気循環ファンが付いており、マイコン制御で乾燥温度と乾燥時間を管理できて便利です。
大事なのは、e-Box(eBox)内にも乾燥剤を入れないと意味がないということです。
内気循環ファンの後ろが乾燥剤格納スペースになっています。
加熱によってフィラメントから放出された水蒸気を、乾燥剤でキャッチして初めてフィラメントを乾燥させることができるわけです。
すかさず新しく購入したB型シリカゲルの包みを入れ、このe-Box(eBox)で、疑惑のTPUを乾燥させることにしました。
50度(設定プロファイルの2)で5時間ほど乾燥。
乾燥後に、以前グライズのカバーの出力に使ったGCODEをそのまま使い、再出力。
全く同じ条件で出力したものを二つ並べてみました(右が乾燥後)が、見事な変わりようです。吸湿によって品質が低下していたことが証明されました。
白く濁り、表面がザラ付いていたものがクリアになり、ツルツルとした表面が蘇りました。
最初に出力したものと並べてみるとどうでしょうか(右が乾燥後のもの)。写真では分かりづらいかもしれませんが、既に少し吸湿していたようで、乾燥後の方が若干表面の光沢が強くなっています。
TPUは吸湿しやすい樹脂として知られていますが、防湿ケースから出して数日〜1週間で吸湿し、出力品質の明らかな低下が発生。
それを加熱乾燥することで、元の品質に戻すことができました。
フィラメントの吸湿による品質変化の事例として参考にしていただければと思います。